はじめに
私は明治四十四年に鎌倉の地で生を受け、二〇歳の時に眼を患って埼玉県の野上で一年間病院生活を送った時と、戦争中海軍関係の仕事で郡山に二年程居た以外は、今日まで長谷の現在の地に住んでいます。今年六月二十日で百三歳になります。幸い健康にも恵まれ、大病したこともなく今まで過ごしてきましたが、此処へ来て、自然の成り行きでしょうが心身の急速な衰えを感じるようになりました。
しかし、不思議なことに白壽を過ぎたころから過ぎし日の記憶が毎日走馬灯のように強く蘇ってきます。夭折した長女や亡くなった家内のことも思い出しますが、齢百歳を超えると過去の悲しみも長い人生の一コマとして自然に受け入れられるような気がします。むしろ、三年前の東北大地震(東日本大震災)以来、私が小学校六年に遭遇した大正十二年九月(一九二三年)の関東大震災を昨日の出来事のように思い出すことが多くなりました。地震や津波の怖さを知ったのもその時です。大地震の震源地である相模湾に面した鎌倉も大きな被害を受けました。三年前の東北大地震のような出来事が起きると、私が生まれ育った鎌倉について何か書き残しておきたいという思いが一層強くなりました。第三者にとっては余り面白くもないかもしれませんが、私なりに調べた鎌倉の思い出を人生の整理の意味も込めてこの際書き残しておくことにしました。
鎌倉は、「歴史と文化の町」とよく言われますが、残念ながら私自身は文化の香りのなかで育ってこなかったので、文化については語れません。しかし、鎌倉の地で一世紀余りを過ごしてきたので、昔の鎌倉や歴史については多少語る資格があるのではないかと思っています。元来、歴史に興味をもっていましたが、ここ何十年は特に鎌倉の歴史に興味を持ち、鎌倉幕府ができる前の万葉の時代の鎌倉についても自分なりに思いを巡らしてみました。この鎌倉の歴史を素人ながら知れば知るほど、日本の歴史における鎌倉の貴重さが分り、何とか拙い知識の集積ですがこれを鎌倉に住む人達に知ってもらい、鎌倉をさらに愛してそして大事にしてもらえればというのが私の願いです。又、私の記憶の中に今も鮮明に残っている子供時代の鎌倉の思い出を若い人たちにお話することで、鎌倉に今も残る行事や遺跡を大事にして後世に伝えてくれることになるのではないかとも期待しています。
本書の構成や表現につきまして、読みづらいところが多々あるとは思いますが、私の年齢に免じてどうぞお許し下さい。
平成二十六年四月二十日 鎌倉長谷自宅にて 石渡弘雄
🔹写真は春の長谷寺
「夢また夢の思いで草」
2014年6月20日第一刷発行
著者 石渡弘雄
発行所 石井印刷株式会社