甦る少年の日の思い出

◇三橋旅館

 私がロケ現場を見たその年の大正九年(一九二〇年)十一月に「アマチュア倶楽部」は東京有楽座で公開され、好評を博していました。この映画の総監督を務めた谷崎潤一郎が長谷の三橋旅館に泊まるつもりでやってきましたが、この旅館の立派な門構えにびっくりして泊まらずに引き返したという話があったほど立派で美しい門構えでした。
 三橋旅館は江戸時代から続いた由緒ある旅館で、旅館の脇を流れる稲瀬川に三本の橋が掛かっていたので三橋旅館と江戸時代に名付けられたと言われています。その後明治になり旅館の所有者も三橋と名乗るようになったのではないでしょうか。福澤諭吉や皇族の方々も滞在したといわれ当時有名な旅館でした。
 明治時代には、伊藤博文が憲法草案作りの為に夏島(現在の金沢八景)の別邸に滞在中も、今風に言えば、デートの為に三橋旅館に時々泊まり、毎日二頭立の馬車で夏島へ通ったという話も聞きました。
 三橋旅館は、長谷の四つ角から長谷駅の近くまで達するような広大な敷地の中に建っていて、長谷の通りに面していた正門は子供心にも立派なものでしたが、残念なことに、その門は関東大震災で旅館の建物とともに焼失してしまいました。


参考URL
https://www.cst.nihon-u.ac.jp/research/gakujutu/64/pdf/F2-53.pdf
https://www.townnews.co.jp/0602/2020/04/10/524263.html

「夢また夢の思いで草」
2014年6月20日第一刷発行 
著者 石渡弘雄
発行所 石井印刷株式会社