由比ヶ浜の夏 ー海濱博覧会と映画ロケー

 由比ヶ浜の思い出を辿っていると、後から後から様々な情景が蘇ってきて、あたかもその日の空気の色まで感じられるような気がする。
 夕食が済むのももどかしく、浜で打ち上げられる花火の音を聞きながら浴衣がけの父と母と三人で連れ立って出かけると、下の方からざわめきが上がってくる。海岸では海濱博覧会が催されている。テント張りのたくさんの店に明かりがともり、夕涼みの人々で非常な賑わいだ。親子連れで人だかりがしている金魚すくい、浴衣の袖をまくり上げた若い男たちがおもちゃの鉄砲を構える射的場、そういう夜店のようなものから、色々な会社が新製品の売れ行きを試すために出している売店まで、何十軒もが軒を並べているのだ。売店の一つがキャラメルを置いているけれど、今日も買ってもらえるだろうかと期待する。森永製菓のキャラメルは駄菓子屋のお菓子とは次元の違う、うっとりするような甘さだった。
 
 博覧会は報知新聞社の主催で、今から思うと博覧会というにはあまりにもささやかなものだが、私の世界がそれ一色に染まるような最も楽しい夏の風物だった。昼間も開いている売店の売り子たちはテントの中に寝泊まりして、夏中ここで過ごす。朝早く海水浴をしたりして自分たちも遊びながら商売をしている。
 大震災の頃まで海濱博覧会は続いていた。会場の別の所には葦簀張りの寄席の小屋が掛かっていて、材木座にも寄席は同じようにあったと思う。こちらは町の主催だった。落語や芝居、松本幸四郎の『紅葉狩』といった映画がかかることもあり、映画の好きな私には非常な楽しみである。また芝居では、一座の花形が立ち回りで悪いやつをやっつけて見栄を切ると、客が盛んに声を掛ける。そんなことまでが芝居以上に面白くてたまらなかった。また坂ノ下の長谷新宿の若い衆が伝統的なアメ屋踊りをしていた。浴衣がけで鐘や太鼓を叩きながら踊る姿はそれは古風な情緒に溢れたものだった。
 また人々で賑わう博覧会場からやや離れた一角で、日蓮宗の辻説法のあったことも忘れられない。夜、何もないただの砂浜に日蓮宗と書いた大きな提灯を掛けて行われるから、雨の日には休みになる。若い僧が出てきて一生懸命に法を説くのを、浴衣掛けで砂に腰を下ろして子供も熱心に聞いたりする。まわりにはいつも四、五十人の聴衆が集まり、海からの涼しい夜風に吹かれながらじっと説法に聞き入る。
 夜の辻説法と対照的に、昼間の海岸ではキリスト教の説法が行われた。私たち子供は海でさんざん泳いだ後、浜で甲羅干しをしながらその説法を聞いたりする。海の銀座と呼ばれるくらいの芋を洗うような海水浴客の雑踏の中で、炎天下に三角テントを張って説教をするのだから、さぞ大変なことだったろう。今の御成小学校の前の辺りにあったメソヂスト教会の牧師様だった。白い麻のハイカラーの服に、これも麻だろうヘルメットのような形の帽子を被っている。有名な方だったそうだが、静かに語られるキリストの生涯や福音書の説明に耳を傾けていると、しだいに話に引き込まれて時間のたつのを忘れてしまうほどだった。
 
 他の二、三の場所にも書いたことがあるが、由比ヶ浜の思い出として忘れられない光景がまだある。そのことにもちょっと触れておこう。
 鎌倉の夏も盛りを過ぎると、申し合わせたように人出がひいて由比ヶ浜は閑散としてくる。八月末のある日、滑川近くの砂丘を下ったところで、映画のロケ隊に出会った。一人の女優を撮影の人々が取り囲み、助手が反射板をかざして、強い陽射しをキラキラと当てている。すると女優の面長の白い顔がいっそうきわだって、まるで別世界の人のように見える。監督が時折女優に注文をつけて、その度にスタッフが忙しげに動きまわる。由比ヶ浜で色々な光景を見たけれど、こんな珍しいものを見たのは初めてだった。辺りは静かで人影もまばらだ。私は何にも邪魔されず、砂の熱さや照りつける陽射しも忘れて見とれていた。
 七十年の歳月が流れ、つい最近、雑誌の『太陽』の『グラフ日本映画史・ああ活動大写真』をめくっていると、あのロケ隊の記念写真が目に止まった。「おやっ」と思って説明を読んでみると、なんとあの夏の日のロケ隊の写真なのだ。撮影スタッフたちがカンカン帽や麦わら帽を被ってまぶしそうな顔をして写っているのは大正九年、私の小学校三年生の時のことだった。
 説明によると、女優はこの『アマチュア倶楽部』という映画でデビューした葉山三千子。谷崎潤一郎の『痴人の愛』に登場するナオミのモデルとなった女性である。文芸部長として谷崎本人も記念写真に加わっており、岡田時彦、江川宇礼雄の顔もある。文壇の大家となったり銀幕のスターとなった人々の面影を眺めていると、私の目に焼き付いたあの日の撮影風景そのものが、まるで映画の一シーンであったような錯覚さえ起きてくるのだ。
 
 海濱博覧会やロケ隊の事だけでなく、思い出の中の由比ヶ浜の風物は、すべて鮮やかに心に刻まれている。なかでも、子供の頃の私を包み込んでくれた海辺の自然の美しさは忘れられない。例えば、鎌倉に住んでいた吉井勇にこんな歌がある。
 
 滑川越す時君は天の川白しと言ひてあふぎ見るかな
 
 この中に描かれている情景も、我々にとっては実感そのままである。潮のひいた滑川河口近くは浅瀬になって、もとより橋もなく着物の裾をからげて渡って行くよりほかない。この歌の中の女性はきっと白い素足を水に浸しているだろう。北斗七星が瞬き、天の川がざあっと天を横切っている。それを私も何度見上げたことだろう。
 そのとき私は中学生になっていた。
 夜の海岸に一人でこれという目的もなく出ていった。砂丘を上がり、低い松林を抜けて行くと下ばかり見て歩いていた私の前に、突然芝生が広がった。常夜灯に照らされて鮮やかな緑が滴るように光っている。そこは海濱ホテルだった。窓の灯にひかれて芝生を横切っていくうちに音楽が聞こえているのに気付いた。ワルツ、フォックストロット・・・軽快なダンス曲の中でひときわ明るいクラリネットの響きが耳に入る。窓からそっと覗いてみるとちょうどそこはダンスホールだった。夜会服に身を包んだ大勢の外国人が踊っている。シャンデリアが輝き、酒を満たしたグラスが隅のテーブルに並び、笑いさざめく声がする。闇の中に浮かび上がったその情景は「真夏の夜の夢」だった。私はどのくらいその場に立っていただろう。窓の下を離れても頬がまだほてっていた。
 夜の浜に月が出る。月が波に乗っている。無数の夜光虫が、砕ける波間の一面に銀色に光る。帰り道の草原には虫のすだく声がしていた。
 

「晨風清興(しんぷうせいこう)」
1997年5月20日第一刷発行 
著者 石渡弘雄
発行所 リーブ企画株式会社